のんきな大航海☆逆風帆走すくらっぷぶっく
KOEI 大航海時代Online、NOTOS イングランド所属 ☆☆☆「のんきなわいど」の、のんきすぎるLOGBOOK です。 



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軽井沢の木漏れ日 | 旅日記
軽井沢の木漏れ日

新幹線は、東京からわずか1時間で、すっかり近代的となってしまった
軽井沢駅に到着する。



「軽井沢駅」-すっかり新しくなっていた-
 
 ここの旧駅舎は、歴史的に価値があり、いろんな著名人達が利用した
ので、横にかつての姿を再現した記念館が残っている。

 軽井沢駅前について、目立つのがやはり不動産屋である。
東京から新幹線で1時間。
 
 別荘街としても、新幹線通勤する人もいるのかもしれない。

 旧軽井沢とかを回るのには自転車を借りるのが便利である。

 駅から旧軽井沢までは結構徒歩では時間がかかる。

 少し駅前通りから横道にそれて、音羽の森、ジョンレノンが愛した
万平ホテルあたりへ自転車で乗り入れると、静かな軽井沢を思い出させてくれる。



「ジョンが愛した万平ホテル」

 木漏れ日の中、自転車をこぐと気持ちがよい。



「万平ホテルへの小道」

 小さな教会もあったりして、軽井沢の昔からの歴史を伝えてくれる。



「森の小さな教会」

 旧軽井沢銀座は、昔ほど、薄っぺらさがなくなった気がした。
 
 おみやげ物屋が立ち並ぶ姿は相変わらずだが、オフシーズンという
事もあり、ハイシーズンと比べて、落ち着いたたたずまいを見せている。


 
「旧軽井沢銀座」

 さらに立ち並ぶ別荘街を、県外ナンバーのお金持ちと思しき、オープンカーにぬかれつつ、坂を少しづつ上がっていくと、旧三笠ホテルだ。



「旧三笠ホテル」

 国内でも明治を伝える数少ない洋風建築のホテルで、かつて近衛文麿
など著名人が利用した事で有名なこのホテルは、廃業後、文化財として
本館部分が保存されている。



「数々の著名人 外国人が行きかった三笠ホテル廊下 
歴史の溜息だけが残る」

 明治の窓はガラスが均一でなく、光が屈折して不思議な風景を見せて
くれる。



「屈折した光の窓の外の風景は昔のままなのだろうか」

 ホテルの内部は今となっては小さい部屋と感じられる部屋が並び、
かつての調度品が再現され、古き良き時代を伝えてくれる。

 ここから見る軽井沢の森の風景は、明治も今も変わっていないのだろうか。

 自転車をこぎつつ、木漏れ日とともに、軽井沢の駅へ戻っていった。

 ただ、風だけが初夏の訪れが近い事を教えてくれていた。




 なお、この後、長時間のアウトレットモールでの買い物に付き合わされて、すっかり嫌気がさしたのは言うまでもない・・・

 
   
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【2006/05/21 00:04】   トラックバック(0) | コメント(2) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






高原の風 軽井沢シンドロームの世界へ | 旅日記
高原の風 軽井沢シンドロームの世界へ
 軽井沢シンドロームという漫画がかつて連載されていた時代がありました。
 知らない人も多いと思うけど、昭和57年小学館発行のビックコミックスピリッツ創刊と同時にスタートした連載コミックである。

 その漫画を知っている方は1960年代生まれであろうか。

 高原の古い別荘地帯 軽井沢



「軽井沢の新緑」

 どこか、あこがれと、なんか庶民には、縁のない短い夏の幻と・・

 のんきは、実は軽井沢とか清里とか、あの原宿化した薄っぺらい
雰囲気が嫌いで、しかも休日の夏の旧軽井沢ともなると、大渋滞する
ので、まず近寄らなかった。

 のんきにとっては通過点に極力するようにして、避けていたので
あるが、久しぶりに行く事になってしまった。

 オフシーズンでもあるし、アウトレットモールもできて、新幹線で
都心より1時間。便利になったのでぜひにと家族にせがまれたからである。

 この軽井沢の手前には古来、交通の難所だった碓氷峠がある。
碓氷峠は、群馬県安中市と長野県北佐久郡軽井沢町との境にある峠
であり、その標高は960m。長野県側に向けての登りである。

 昔、軽井沢に到達するには、18号線の碓氷バイパスを霧の中越えて
行くか、列車で横川の駅で、電気機関車を2両も後ろに連結して、
機関車との連結運転のため、空気バネを抜いて乗り心地の悪くなった特急「あさま」で、あえぐように登らないと到達できない、遠いところであった。

 ホームでは峠の釜飯が売られ、峠のシェルパのいかつい姿の補助機関車が後ろに連結されるのを眺めていたものだ。



「峠の補助機関車」

 長野オリンピックを契機に、長野新幹線が開業。このパワフルな
新幹線は、長いトンネルをぐいぐいと登って軽井沢にあっという間に到着させてくれる。

 車でも上信越自動車道の開業により、近くなっている。

日帰りで行ける気軽さ、その近さが、よりまた乱開発を招いてないとよいのだが、半分憂鬱な気分で、のんきは新幹線に乗ったのである・・・



「長野新幹線」

 
   

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【2006/05/20 00:10】   トラックバック(0) | コメント(0) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






早朝のロンドンの街で | 旅日記
早朝のロンドンの街で

 んー今朝もなんとか6時に目が覚めて、ウォーキングして、
インしたら、メグさんが居られました。

 チャットでいろいろお話したり、いろいろお世話になっている
事を御礼いったり。

 メグさんには本当に感謝しているんですよね。いつも相談に
のってくれて、ゲームでも初心者さんの面倒をよく見てくれる
商会をやっておられて。
 
 あっという間に、商会も30名まで達して。ほぼ定員一杯。
すごいですよ。

 その後、のんきは、パソコンを消して、外に出ました。
ようやく天気になったので、花屋さんに行くと、既にアジサイが
並んでいるんですよ。

 もう梅雨の走りのような気候ですが、早いですよね。

 アジサイの鉢植えを買って帰りました。

 朝夕 アジサイに水やりのお仕事が増えました。

でも水色の花が美しく感じられてうれしいです。

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【2006/05/13 00:01】   トラックバック(0) | コメント(0) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






根津神社にて | 旅日記
根津神社にて

 下町の地、千駄木の地に、今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社、根津神社がある。



 
 江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建した。

 ここはツツジ苑が有名で、連休のこの時期、遅咲きのツツジやサツキが色とりどりの花をさかせる。




 近くで時間を過ごしている人も多く、すごい人出である。

 丘状になったつつじ苑で、たくさんの人が花を観賞している。

 遠くから見ると色とりどりの花が美しく、その間を人の帯が
ゆっくりと流れている。




 出店も出て、まるでお祭りみたいだ。

 遠くまでいかなくても、近くの花の名所をめでるのも悪くない
と感じる一日であった。

で おみくじ引いたら、凶。ついてないなあ。。

  

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【2006/05/07 00:24】   トラックバック(0) | コメント(2) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






雪まだ深く・・・ | 旅日記
雪まだ深く・・・

 のんきは最近の体調の不調もあったのだが、どうしても春を
感じたくて心の故郷 福島県 只見を訪ねてみようと思った。

 上越新幹線は、ギュウギュウの三列シートの真ん中しかとれ
ず、心理的に負担感のあるのんきは気分が悪くなる。

 また、その猛烈なスピード、周囲の出張と思しきビジネスマンを
見ると元気だったころを思い出し、尚更落ち込むのだ。

20060424204143.jpg

 
 そして浦佐駅で上越線に乗り換えて、ようやく混雑と都会の空気
から解放されたローカル列車。

 しかし、周囲は雪。降ってはいない残雪であるが場所によっては
メートル単位である。

20060424204156.jpg


 今年の豪雪がしのばれる。

 そして、ようやく新潟県小出駅に到着。。。

 が、そこで事件が!!!

「只見線は、雪害のため大白川-只見間は運休しております」

 ・・・この只見線は、名にしおう豪雪地帯を冬潜り抜けるローカル
線なのだが、もちろん大赤字であるが、峠を越える道路も雪で半年近く、通行止めとなるため、かろうじて生き残っている線なのであるが、雪も降ってない快晴でも、その道路にかわる任務を持つ只見線でさえ運休・・

 おそらく、雪崩の危険があるのであろう。

 仕方ない。ぼやっと小出駅でしていても、かつて上越新幹線開業
前は多数の長距離列車の行きかった小出駅も1時間に1本程度 各駅
停車が来る程度である。

 仕方なく越後湯沢行の各駅停車でトンボ帰り。

 越後湯沢の駅に併設されている酒風呂温泉に入って、もうこりごり
の上越新幹線はやめて、谷川岳の下を各駅停車で越えて帰ってきま
した。



「越後湯沢駅 酒温泉風呂」

 教訓として雪は、降った後でも恐ろしいということでした。

 おかげで体調をよりおかしくしたのんきなのでした。





【2006/04/25 00:22】   トラックバック(0) | コメント(4) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






時はうつろひ・・・ | 旅日記
時はうつろひ・・・

 大航海時代は、今日はメンテナンス。商用クリッパーの造船依頼などをこなす。アップはありましたが、これについては、いくつか影響のある事がありそうです。
 
 まあそれは明日以降ちょっとづつ書いていこうと思います。

 なので、また今日も横道。 

 のんきが住んでいる東京の、とある下町からかなり長い時間散歩
していくと、ある見事な園池式庭園がある「六義園」である。
 これで「りくぎえん」と呼ぶ。

20060412132133.jpg


「六義園の桜」

 六義園はの造園の歴史は古く、最近ヒットしたドラマ「大奥」で
有名な五代将軍・徳川綱吉の時代、これも出てまいりましたお気に
入りの側用人、柳沢吉保が、自ら設計、指揮し、平坦な武蔵野の一隅
に、池を掘り、山を築き、7年の歳月をかけて「回遊式築山泉水庭園」
を造り上げました。

20060412132156.jpg

「都内とは思えないような雄大な泉池庭園」

 時に、それは、元禄8年(1695年)。元禄文化が見事に花開く時期であります。
 
 しかし、時の権力者も綱吉公死去後、失脚、その後、荒れるにまかせられていたようでありましたが、明治時代に入り、三菱財閥創設者の、岩崎弥太郎氏の所有となった六義園は、昭和13年に東京市に寄付されて一般公開されました。

 昭和28年3月31日に国の特別名勝に指定されたという約88千㎡に及ぶ
広大な庭園です。

20060412132143.jpg

「庭園内には滾々と湧き水が湧き出る」
 
 しかし、下町にある庭園としては、面積も広く、広大な敷地を季節の
おりおりの移ろいを感じながら、ここを散策すると、時と季節の移ろいを感じる事ができます。

 これだけの広大な庭園、築山から、池、渓流、人工の峠まで築いた権力者のすごさと、その繊細な庭の造りに感心する。

 300年も前から、この庭園を守り続けてきた人々の思いと、そして
それを築いた人の思い。

 何も変わらないように見えて、その庭園には無数の人の手と思いが
かかっているわけですよね。

 特に園内のしだれ桜は有名で3月末には流れるような美しい花を咲かせます。

20060412132208.jpg


「夜のしだれ桜のライトアップ」

 時は移ろっても、その小高い丘と明るい池を持つ大庭園は、元禄時代の人々の、新しい時代への明るい気持ちが現れているような気がします。


 
  


 

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【2006/04/13 00:01】   トラックバック(0) | コメント(2) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






霧笛 | 旅日記
霧笛

 大航海時代onlineは商大ガレ1隻、商クリッパー3隻、商用ガレオン
1隻をフレと商会員用に作成。

 ちょっとフリゲで値段が折り合わなかった方から、高ランクでなく
てもいいので誰か受けてくれとシャウトされ、少し落ち込む。
 
 値段設定は難しいね。でもさすがに原価からみて、他の方へ
販売している価格や、ロンドンの相場的にみても、私の価値感の
中では、納得いかなかったし、相手も相手の船の価値感の中では
そうだったんでしょう。
 
 商談の中身を話しして、商会員やフレはチャットで慰めてくれたけど、どうも最近、パッとしないなあ。
 
 もう・・特に中小型船のシャウトの造船を受けるのはやめようかな。
 
 中小型船とかも、受けてくれる人がいなくて困っている人がいるなら、できれば造りたいと思ってきたけれど・・・とにかく安いのがいいという人と合わず・・・かえって裏目に・・
  
 造船屋さんとしても、大航海時代のプレーヤーとしても、少し自信
を無くしかけてるかなあ。

 そんなわけで、話題を変えて、昨日に引き続いて、灯台に関する
話題でも。

 かつて、のんきが北海道に旅した時、北海道納沙布岬は、霧の中で
あった。
 
 青森より、国鉄の青函連絡船で遠路乗り継ぎ、函館から当時の
特急「おおぞら」に乗り釧路まで。

 まだ、石勝線も開業しておらず、滝川経由で、えらく時間がかかっ
た事を覚えている。

 釧路から、また急行に乗り換えて根室。
 そこで1泊して、翌朝 納沙布岬へ。

 ここには北海道最古の西洋式灯台 納沙布岬灯台が立っている。
そしてその先には千島列島が見えるはずなのだが・・・

 たくさんの「返せ 北方領土」の看板が霧に煙る中、納沙布岬は
これがまた、国後島も見えない白霧の中であった。
 
 「ブォーブォー」と定期的に納沙布岬灯台の霧笛が鳴っている。
4キロ先まで届くというその音は、腹の底まで冷え切るような寂しい
ような音でありました。



「納沙布岬灯台と霧信号所」

 大航海時代オンラインでは「霧」という気象条件は出てこないですが
この「霧」がよく発生するところでは、船にとっては難所であったわけで。
 
 正確には霧笛灯台は、霧信号所と呼ばれ、視界が悪いときに音で
船舶に位置を知らせる航路標識の一種なのですよね。

 周期と鳴っている時間が灯台毎に異なっているので、どこの岬
か、どこの灯台かわかるようになっているのだが、なんとも霧笛に混じる海鳥の声とともに物悲しく、最果ての地に来た・・・という事を
思い出させてくれる印象的なものでありました。
 
 しかし、今や時代は電子機器の発達とともに、霧笛がなくとも、船は
正確に自分の位置を電波航法やGPS等を使って把握できるようになったため、今は全国でも20箇所程度の、特に危険が多く、暗礁も、霧の発生も多い重要な灯台にしか残っていないのです。
 関東近辺では犬吠崎や野島崎などの重要灯台にしか残っていない。
 
 1879年12月20日、青森県の尻屋埼灯台に、日本で初めて設置されたので、12月20日は霧笛記念日となっているのだが、それも今は忘却の彼方となりつつあります。
 
 横浜に霧笛楼というおいしいレストランもありますが、名前もさることながら、霧の中に響く汽笛の寂しさと旅情に思いをはせる名前ですよね。

 納沙布岬のバス停まで戻っても、その霧笛が、どこまでも悲しげに、港を求めて沖行く船に、語りかけている。

 そんな不思議な悲しさと暖かさが混じった光景でした。


 

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【2006/04/12 00:01】   トラックバック(0) | コメント(4) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






今日は静かに・・・ | 旅日記
今日は静かに・・・

 今日は大航海時代オンラインにはインせず。

 ちょっと旅に出てきました。

20060410162014.jpg


 旅といっても、すぐ帰るような小さな旅です。

 これといった特徴もない数部屋あるだけの小さな湯宿を選びました。
 
 家族で入れる小さな露天風呂と内湯。
 綺麗な木々と庭だけがあるという静かな場所です。

20060410161959.jpg


 魚は、値段の割においしくいただける、遠くに海が望める丘の上の
小宿でした。
 
20060410161936.jpg


 造りは多少古くても、宿の方の気持ちも暖かく、静けさがあるそういう隠れ家でした。

 のんきは、いつも、そういう小さな湯宿が好きで、つい散りはじめ
た桜で、オフシーズンになり、静かになったこの時期を選んで、海の傍へ行ってきました。
 
 つい、陽気に誘われて、海岸まで散歩しに行きますと、茫洋とした海を眺めていると、元気だったころが思い出されて、少し気力がでます。

20060410161925.jpg


 車ではなく汽車でゆっくりと走りつつ、宿に入って湯につかるだけ
の観光も何もあえてしない旅でした。
 
 小さな駅には散りゆく桜が、ヒソヒソ話をするように、ふんわりと
舞い、遠くから来る汽車の轍の音と踏み切りの音にあわせて、ホームで
ひっそりと、最後の舞いを踊っていました。

 単線のトンネルの向こうから、光がときめき、照れるように汽車
が現れ、のんき達を家に運んでいきました。

20060410161947.jpg


 ふとデッキをみると、桜の花びらも一枚、一緒に乗り込んでいました。

 その小さな旅人は、どこまで行くのかわかりませんが、デッキに響く
レールの繋ぎの音が、桜の花びらを励ましているかのようでした。

 鉄路の響きは、どこまでも春の香りを運んでいるようでした。


 
 小さな春の香りに今宵もちょいと一押しお願いいたします。

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【2006/04/10 00:04】   トラックバック(0) | コメント(0) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






ただ時の過ぎ行くままに・・・ | 旅日記
ただ時の過ぎ行くままに・・・

 今日もインする時間はわずか。深夜帯だけ。それも理由がある。

 のんきの親族のある人が再発性の大腸癌で再度入院する事が決まった。

 おそらく完治は難しいだろう。

 まだ60台前半の働き盛りの中小企業のオヤッサン社長。

 のんきは何もできないから、その入院する病院の特殊重粒子放射線治療の紹介したサイエンス番組を録画してもっていった。

 本人は諦観しているのか、実際は実は恐怖で、そんな事はないと思うのだが、入院順番待ちまでの間、好きな酒を飲んでたりする。

 のんきはただ、ひたすらに明るく(自分も病人なのだが)アルコールに
付き合う。
 実は・・・お互いの身体によくないかもしれないけれど。
 
 こうして酒を酌み交わす事ができるのも、もしかしたら最後となるかもしれないからだ。

 人間わずか50年下天のうちにくらぶれば・・

 桜が燃えるように満開を、今日の寒さの中に競っている。

 来年、この人も、もしかしたら、のんきも桜の花を無事見られる事が
できるのだろうか。
 
 家族は大切だけど、いつかは花が散るように消えていく。

 信じたくないけど、現代医療の粋をつくしても、それが現実。
 
 ただ、その散る事を、そのきれいな花のままの状態でという条件つきで、少しでも遅くすることはできないものなのだろうか。

 ウン百万かかるというその最新治療にかけるしかないのだが。

 願わくば、桜の花の精に情があれば、その力を運を・・運んでほしい
ものである。

 その美しい花の命を散らす前に・・・。

 今宵は大航海の事はほとんど忘れた。大航海の事を書く、ブログの
主旨からも反しているだろう。

 でも飲まずにも、書かずにもいられなかった。
 
 その人の無念を感じればこそ・・・桜の美しさを覚えればこそ・・。

 

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谷中あたり | 旅日記
谷中あたり

 大航海時代は、リアル用事でほとんどインせず。深夜に戦列艦を
一隻造船したのみ。

 こんな時は散歩というか、また横道にそれる

 のんきの家から徒歩1時間圏内に谷中という、東京ではまあ有名な
墓地のある地域がある。

 今は、お彼岸過ぎと桜の見ごろで少し賑わっているが平素は、墓地
が多いだけに静かな寺町である。

 だが、その中に、焼き物の店や静かな珈琲店があったりして、あまり知られていないのだが、東京の中では、静かに考え事のできるお勧めの場所である。




 有名な文人や徳川家歴代の墓があるエリアや芸術の森、上野の山も近い。

 そんなところに程近い芋坂という跨線橋に、のんきは嫌な事があると
よく行ったものだ。

20060330120727.jpg



 ここは、下を東北線や上越線、常磐線、山手線から京浜東北線、京成線など各種多様な列車が、長い体をせわしく横たえながら、夕方ごろいくと点々と灯を点して通り過ぎていく。
 
 信号機が夜会灯のように色とりどりに、めまぐるしく表示を変え、
遠く日暮里の駅の発車アナウンスが聞こえてきたりする。



 長距離を走ってきた夜行列車がたまに到着すると、屋根に雪を載せて
いたりする。

 遠く雪国の香りをのせて、屋根に東京の熱気に負けないようにしがみついている残り雪をみると、その儚さといじらしさに胸が熱くなる。

 通勤列車は、急加速に溜息をつきつつ、家路を急ぐ、勤め人を積み込みつつ、せわしなく身体を揺すって、急いで通りすぎていき、その長い身体に様々な夢や希望、疲れや悲しみをきしませながら、ゆるやかにカーブしているレールと語らいつつ、忙しげに紅いテールランプを闇に消していく。

 また2分もたたずに、別のスマートな長距離特急が急ぐビジネスマンやカップルや観光客を乗せて上野駅に急いでいく。



 ここで、自転車をとめて、少し時間をとめていると、東京に生きる
たくさんの人達の息遣いが聞こえてくるような気がする。
 
 銀のレールの輝きは、闇に吸い込まれつつも、たくさんの人の楽しくもはかない未来へと繋がっているのだろうか。

 谷中の墓地の物言わぬ昔の時代の人は、どのような思いで、この
せわしなく行きかう人々を眺めているのであろうか。

 ブレーキの溜息とともに、芋坂に夕陽が落ちていく。



 今宵もちょいと一押しお願いいたします。

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