のんきな大航海☆逆風帆走すくらっぷぶっく
KOEI 大航海時代Online、NOTOS イングランド所属 ☆☆☆「のんきなわいど」の、のんきすぎるLOGBOOK です。 



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新・喜びも悲しみも幾年月 | 映像と音楽の旅
新・喜びも悲しみも幾年月

 身体の不調が今ひとつなので、今日はゲームは最低限にして、映画を
見る。

 ついに、買ってしまった「新・喜びも悲しみも幾年月」1986年
出演者 加藤 剛/大原 麗子/中井 貴一/植木 等他 VHSです。

 懐かしいですね。昔、これを見た記憶と前作が30年前にあることは
前、申し上げた通りですが、舞台は経が岬灯台(京都府)からスタート
します。
 
 海上保安庁の灯台守のほぼ最後の姿ですね。今は各灯台とも無人化
が進んだのは申し上げた通りですが、この時代は石廊崎や尻屋崎が
有人灯台で、主人公夫婦は転勤しつつ、灯台に勤めます。

 そこに植木等演じる父親が各灯台を訪ね、最後は一緒に住む事に
なり年老いていきます。

 それに成長していく息子や娘達の姿が重なり、家族愛と日本の美しさ
年を取るということを映像を通じて織り交ぜていきます。

 主人公の元部下で水ノ子島灯台が勤める灯台に、台風が来襲。
すさまじい波浪と風で灯台は崩壊の危機に。

 それでもまず灯台光の点灯を守ろうとしますが、ついに消灯。
 
 大分県佐伯の航路事務所では、もう灯台は倒壊しなかったものの、
内部は滝のように水が降り注ぐため、もしかしたら全滅を覚悟するが
台風の波浪が収まると、水平線に灯台の再点滅が始まる。

 生きていた事を喜ぶ家族達の姿が印象的でした。

そして、植木等がいい味を出しているのですが、日本中に息子の
灯台を訪ね記念写真を撮り、最後は息子や孫達と住みながら亡くなっ
ていきます。

 不便な灯台の暮らしでも、こんな幸せな年寄りはいないとつぶやく
植木等。

 最後は、海上保安大学校に入学した息子が、海外へ研修航行へ出て
いきます。

 それを見送る主人公夫妻。

 前作と比べて、だいぶ近代的となっていますが、家族の繋がりを
未だに感じられる名作でした。

  



 
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【2006/04/20 00:01】   トラックバック(0) | コメント(0) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






灯台守 | 映像と音楽の旅
灯台守

 旅からは帰ってきたのだが、やる気ダウンで今日も短時間インのみ。

イン後、すぐに商会員から商用武装キャラックの注文を受けるが、純交易用希望ということで、商用大型キャラックにしたほうがいいのではないかという意見もあり、商会員からも、議論百出。

 砲船員最低とした場合、帆性能と基本装甲は商用武装キャラックが
優れ、積荷はほぼ同等・・・でも、最低船員数は商用大型キャラック
が優れる。

 交易と戦闘用との兼用はお勧めできないむねを伝えて、一晩の検討
を依頼して、早々のログアウト。
 
 あれこれと意見が多くても施主様も混乱すると思うし、また、施主様が、この船選びをあれこれ考えるところも楽しいところだと思うのです。

 レベル35以降は、乗れる船もだいたい決まってくるので。 

 一晩、あれこれと考えていただくのもいいかなと。
 
 そんなこんなで、特に他に造船依頼もなかったので、結局、大航海にログインしていた時間は、まあ30分というところだった。

 そこでちょっと、まあまた、横道にそれる。

 実は移動嫌いののんきには、このゲームでは、恐らく、新設されないが、一つ、我侭がゆるされるなら、ぜひ新設してほしい職業がある。
 
 それは・・「灯台守」である。専門スキル「見張り」?????
 
それじゃ、大航海時代じゃない!!
 そもそもこのゲームに、灯台なんてないし!!

まあまあ、そう言わず。
 
 もうインドもいったし、アフリカもカリブもさんざん行きました。

 移動もさんざんしましたし、後は時折訪ねてくる初心者向きの小船
を、岬の麓のプリマスの町の造船所で、安価に手作りしながら、岬の灯台で、交信(チャット)と、見張りをする。そんな老後もいいじゃありませんか。
 映画「パーフェクトストーム」で冒頭、嵐を予感し、飲んだくれている年老いた船乗りみたいで。

 そう、場所は、プリマスの西の地の果ての岬、ランズエンド岬なんていいですね。


 
「ランズエンド岬」

 いい響きじゃないですか。ランズエンド(地の果て)。
 
 大航海に疲れた高ランク者が、そこで沖を行く船を見ながら、移動せず、まったりすごす。

 ここは、地理クエの初歩で必ず行くところですが、ロンドンに帰ってくる船が必ず通るところですから、インドやカリブから帰ってきた船と交信して安全を祈る。
 
 その灯台に、のんきを置いてもらい、大航海時代オンラインで、
灯台守をしたいな。

 なーんてね。実際の灯台守はそんな甘いもんじゃないようです。

 そうそう、実際の灯台守といえば、日本の灯台では無人化が進んでいて、今や五島列島の女島灯台のみしか、有人管理の灯台はなくなってしまったようですね。
 
 つい最近まで、あの津軽海峡・冬景色と階段国道で有名な竜飛岬灯台が有人管理だったのですが、ついに無人化に。

20060410181851.jpg

「竜飛岬灯台」

 灯台守といえば、映画がありましたね。名作だとのんきは、思っているのですが、「喜びも悲しみも幾年月」これ旧作と新作があります。
 
 今はもうなかなか見られない映画ですかね。いい作品なんですよ。
 また、歌がなかなか泣かせるのですよ。

  おいら岬の灯台守は
  妻と二人で沖ゆく舟の
  無事を祈って灯をかざす
  灯をかざす

  冬がきたぞと海鳥鳴けば
  北は雪国 吹雪の夜の
  沖に霧笛がよびかける
  よびかける

  離れ小島に南の風が
  吹けば春くる 花の香だより
  遠い故郷思い出す
  思い出す

  星をかぞえて波の音きいて
  ともにすごした幾年月の
  喜び悲しみ目にうかぶ
  目にうかぶ

 監督は1957年。木下恵介氏。舞台は昭和7年から32年。
 主人公夫婦(佐田啓治・高峰秀子)が、まったりなんてもんじゃ
 ないです。もう壮絶というか、泣かせるというか、その家族の任務
 と生活は半端じゃない迫力です。
  
  先ほど言ったとおり、科学技術の進歩で、自動化が進んだ現在の
 灯台と違い、当時は各灯台傍に官舎があり、家族とともに住み込
 みで、一夜も欠かさず灯台の灯を守り続けてきた。 
  
  もちろん、嵐が来たからといって休むわけにはいかない。
 子供が生まれるときも・・・それどころかわが子が死ぬとき
 でさえ、灯台の灯を消すことは出来ないのだ。

  船側にもレーダーの未整備の当時、灯台の灯が
 夜間航行の唯一に近い手がかりであったのだから。
  
  そして、今でも灯台の重要性は変わらない。
 (灯台には、点滅周期 色 回数 光量 光の到達範囲などは、灯台
 毎に決められていて、灯台が見えると、それから自船の大体の位置が わかるし、暗礁の危険や霧の際の霧笛、気象通報など、今も船にとっ て、重要な施設であるのはかわらない。)  

  灯台というものは、だいたいが人里離れた場所に建っている。
 命掛けの仕事だったことがわかる。医療も救助も期待できない
 離れ小島の勤務もあるのだから。
 
  島とはいえないような岩礁 何百段の階段を登る断崖絶壁の上、
 人里もない無人の半島・・・ 

  戦争時は、御前崎灯台に主人公は確か勤務していたのだが、
 思いっきり空襲を受けていた。

  日本の海上輸送を壊滅させるため、米軍は容赦せず、灯台を狙って きます。
 その機銃掃射のシーンも出てきたと思います。

  灯台守には、転勤もつきもので、北海道 石狩灯台など、日本
 各地の灯台に転勤しながら、北に南にと物語が展開する。
 
  息子の死に目にも会えず、灯台を離れられない灯台守であること
を内心悔む主人公を

 「お父さんの跡を継いで灯台守になる・・・」
 
 息子の最後の言葉が、また涙を流しながら、その夜も灯火を点し続ける力となっていくのです。

 新・喜びも悲しみも幾年月は、1986年に加藤剛、大原麗子
主演でリメイクされましたね。
 
 たくさんの灯台がでてきます。美しくそして厳しい生活。
 
 観音崎灯台 納沙布岬 水の子島 五島列島の女島
 佐渡の弾崎 御前崎  志摩半島の安乗 男木島
 そして・・・再び御前崎
 
 日本はなんて美しい国だと再認識させてくれるリメイクでした。

 記憶が新作と旧作でごっちゃになっているのですが、豊後水道の中央に位置する、明治37年竣工の古い水ノ子島灯台に台風が来て、灯台守一家の篭る灯台が、その灯台の高さにも達する激浪で、灯台ごと崩壊の危機になり、本土の基地側からはもちろん波浪のため、救助船は出せないため、必死で無線で激励し、夫婦がへばりつくように、灯台を守っていたのも印象的でした。

20060410181738.jpg

「水ノ子島灯台 今は無人化されたが、豊後水道の中央部に位置する重要な灯台であることには変わりはない・・だが、島というより岩である。ここに難工事の末、灯台を築き、灯台守の家族が実際に住んでいたのだから・・」

 この映画・・・ラストで、昔孤立した集落で病気を助けた縁で知り合った人の息子と、この灯台守の娘が、教会で式を挙げ世界一周の船旅に発つことになる。

 横浜から世界一周への新婚旅行の船旅へと旅立った娘達。
 
 そんな日でも、いつもと変わらず灯台の見張り台で二人は灯台の機具を磨いている。

 母は言う「横浜まで見送りに行けば良かったわね」
 父は答える「冗談じゃあない。娘の晴れの門出だ。」
 「今まで何万何千の船に灯りを投げかけて来た。」

 「俺達の25年だって今日のこの日の為に
  娘の乗った船の安全を祈って光を投げるために生きて
  来たようなものだ。」

 さあ・・・おまえとわしの手で、灯台のスイッチを入れてやろうか。
 
 この灯りの下で振るハンカチを見て、あの娘が霧笛で
答えるはずだ。

 薄暗い見張り台に立ち、暗い海をじっと見つめる二人。
 
 と灯りが明々と付いた大型船が見えてくる。

 「おーーーい」

  夫婦の脳裏に25年の歳月が流れ去る。霧のように。
 「ボォーボォー」と霧笛が流れる。

  娘夫婦が灯台の灯りを見つめ、
 「こっちからも霧笛を鳴らそう。船長さんに頼んでくる」

 両親への感謝の気持ちを込めて、何度も何度木霊する霧笛。
 視界から消えていく船。

 この映画、今はDVDもビデオもないのかもしれませんが、新・旧ともに名作だったと思います。
 


 小さい旅からは戻ってきたが、大航海時代には、副官ボーナス獲得目的のみ程度の時間しかインしていないのんき。
 今ひとつファイトがわかないかな。

 ま、こういう話題も・・ということでちょいと一押しお願いします。

 

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【2006/04/11 00:01】   トラックバック(0) | コメント(4) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






無敵艦隊 | 映像と音楽の旅
無敵艦隊

 大航海時代オンラインは、また、今ひとつ元気をなくする事件が・・元宝石大好きっ子さんで、大変世話になっていた冒険者の方がひっそりと商会の自動退会で消えていかれました。

 のんき自身もゲームに対しても何に対してもますます元気なく・・ゲームをしてもやる気が落ちているので、DVDでもみようかと・・

 レンタルDVDビデオ屋巡りをしていたら、つい目について借りて
しまった掲記映画「無敵艦隊」(1937年英)

監督:ウィリアム・K・ハワード
出演:ローレンス・オリビエ/ビビアン・リー/フローラ・ロブソン/レイモンド・マッセイ/レスリー・バンクス/モートン・セルトン/タマラ・デズニ/ロバート・ニュートン/チャールズ・カーソン



「無敵艦隊の敗北」

 タイトルに惹かれて、借りてしまったが。内容としては・・・

この時代の映画でしかも、英国製作の映画なので、どーしても視点が
英国寄りに偏っているのと、艦隊戦というより、英国私掠艦隊捕縛された司令のイケメン息子と英国とスペイン貴族の娘とのラブ・ストーリー
に、そのイケメン息子がスペインに内通者を装い潜入するというストーリー。
 それに、女王「エリザベス1世」とレスター伯爵の無敵艦隊迎撃への
ストーリーであった。

 まあ、ストーリーとしては、期待していた内容とだいぶ違っていたのだが、スペイン没落の原因となったこの無敵艦隊迎撃戦の英国勝利の要因は主に3つといわれている。
 
 1.エリザベス朝におけるイギリスの造船技術、航海技術の飛躍的な
  発展。特に大砲と帆船の発展。

 2.無敵艦隊が遠征による操舵要員以外の雑多の要員を抱え、さらに
  編成としても外洋航行に向かないガレー船も含まれており、実際
  に戦場までたどりつけなかった。

 3.遠征艦隊と、至近距離で迎撃する艦隊との将兵の疲労度や士気
  の差と、たまたまドーバー海峡は嵐が襲い、地中海向けの無敵
  艦隊にとっては、より厳しい条件となった。

 スペインはイギリスに対して、軍船125隻、船員8000、陸兵19000、
砲2000門という大編成の海軍で大西洋を北上し、一挙にイギリス本土への上陸をこころみたといわれています。
 
 映画でも英国存亡の危機として緊迫感あふれる情景と、毅然と立ち向かうエリザベス1世の姿が描かれています。

 これを迎撃するのは、ホーキンズ、ドレークなどにひきいられるイギリス艦隊。
 その艦船数は80隻。勝負は最初からわかっていたはずなのに上記3つ
の要因と、ここに数のトリックが隠れている。
 
 無敵艦隊は、時代遅れとなりはじめていたガレー船から、ガレオン船など大型船を集めて艦隊を編成いる方向へ急遽決めましたが、その内容は寄せ集めと言っても過言ではなかったのです。
 
 まず、ポルトガル併合時、ポルトガルが所有していた船や、西インド防衛隊の船が艦隊に集められました。
 また、巡洋艦ともいえる商船保護用の帆船による警備艦隊の一部までも流用。 
 こうして、ある意味雑多な様々なところから集められた24隻は海戦
専用の帆船でしたが、それでも足りぬと考え、商船を仮装軍船に仕立
て上げて使えるようにしました。

 その他にガレアス船4隻、ガレー船は4隻、という編成になり、
 これにより戦艦は73隻となりました。

 その他に小型船が32隻存在しましたが、この小型船は帆船とガレー船の混合型軽量船で、数門の小型の大砲を備えていました。
 
 そのほかに運送船も含み、これらの船を合計すると、ようやく131隻
という有様で、実際にイギリスにたどり着いた船は125隻ですが、落伍し
たガレー船は、結局戦場までたどり着くことはありませんでした。

 実際の戦闘に参加した船はそこから軽量船32隻と運送船25隻をのぞく
68隻、うち24隻がガレオン船を含む大型戦艦、さらに40隻の巡洋艦と数隻のガレアス船が加わりました。

 実際には24隻のガレオン船と40隻今で言う仮装巡洋艦にあたる補助艦隊とガレアス船が主力といっても過言ではなかったのです。

 しかも、船の大きさで言うと、実は、英国側の造船技術の進歩により、無敵艦隊という印象でいうと、スペイン艦隊のほうが大型船を
揃えているように思っていると思いますが、事実は同形か、イングラ
ンド艦隊のほうが更に大きい船を備えていたことは知られていません。
 特に主力艦に関しては、イングランド艦隊の方がスペイン艦隊より
も、大型の船を持っていました。

 両軍通じて最大の船はイングランド艦隊の船であった事は知られて
いない事実ですが、その排水量は1100トンでした。
 2番目、3番目がスペインの船で1000トンクラスとなっています。
 
 トン数については、現在と違い、統一的なルールが無く、実は
スペインのトン数計算はイングランドの基準よりも25%以上も多い
数え方をしていたともされ、スペインの船は大きくなかったと事も
知られていない事実です。

 何よりスペインは、ガレアス船をはじめとする肉弾戦を主力と考えて
てましたが、遠距離より狙い撃たれる速射砲にほとんど対抗することが
できなかったのです。

 スペイン側も大砲を集めてはいましたが、大砲は集めたもののそれを扱う人間の側の技術がついていかなかったのです。
 
 結局スペインの艦隊には歩兵隊が多数乗りこんでおり、従来と同じ
ような海上での肉弾戦を戦う事を目論んでいたので、大砲の性能に
関して、スペインの艦隊は大型で短射程大砲なっていたといわれてい
ます。

 スペイン艦隊はキャノン型、ペリエ型という大砲という大型大砲を
イングランドより、多く備えていました。
 ただしキャノン型、ペリエ型大砲は重量の重い砲弾を撃ち出せる
代わりに射程が短いという欠点をもっていました。

 一方、イングランド艦隊の大砲はほとんどがカルバリン型という
長射程、軽威力の大砲でしたが、造船技術の進歩により、操舵能力が
向上し、軽快に動き回るイングランド艦隊に対して鈍重なスペイン艦隊
の短射程大砲の命中は期待できなかったのです。

 また乗組員の構成でも大きな相違がありました。
 乗組員の数だけでいうと肉弾戦を目論んでいたスペイン艦隊が、
合計約 30000人ほど、イングランド艦隊が約16000人ほどであり
スペインのほうが多くなっています。

 しかし、内容を見るとイングランド艦隊は兵士が1500人ほどいるのを除いてすべて操舵と砲撃に関わる船員で占められています。
 一方スペイン艦隊では兵士が19000人ほど、操舵に関わる船員は8000人ほど、という配分になっています。

 接舷できずに、一方的に速射砲で狙い撃たれるスペイン艦隊では、
かえって、内部人員の多さが死傷者を増やし、混乱に拍車をかけた
ことは想像に難くありません。

 スペインは地中海での戦闘であれば活躍できたであろうガレー船やガレアス船が北海の戦場ではほとんど役に立たなかったことも、誤算の一つでした。
 
 ガレアス船はガレー船よりは堅固で多くの物資、大砲を運べましたが、それでもガレオン船のような新世代の大型船には及ばず、帆と櫂を同時に使うことで機動性を確保しようという目論みも、実際は安定性が悪く、航行能力も期待はずれであり、さらに余りに高い帆の重みで操作が難しく、加えて喫水線よりかなり高い位置に大砲を並べたために重心が高くバランスが悪くなり、嵐が来ると危険である、というきわめて扱いにくい船になってしまったようです。
  
このように無敵艦隊というイメージとその実態の乖離は、エリザベス
朝のころの造船技術の急速な進歩を自分のものとしたイングランドと
それに対応できなかったスペインとの造船技術の戦いでもあったの
です。

 大航海時代オンラインでは、ガレアス船も元気にケープ沖とか走り回ってますが、現実にはありえなかったわけですね。

20060315224235.jpg

「大変世話になった宝石大好きっ子さん」

 元宝石大好きっ子さんのガレアスの勇姿、もう一度みたかったなあ。


 
 元気のないのんきに今宵もちょいと一押しお願いします。
 



【2006/03/17 00:01】   トラックバック(0) | コメント(4) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






今頃 買ってしまった。 | 映像と音楽の旅
今頃 買ってしまった。

 ついですねー。衝動買いしてしまいましたよ。DVD・・・。
タイタニック〈アルティメット・エディション〉

 まあ、余りに有名な映画で、何を今更ですかね。

 タイタニックという船は、名前を聞いたことがない方は、船の事を
まったく知らない人、興味のない方、映画を全く見ない方でもご存知
でない方はおられないでしょう。

 しかし、意外と名前は有名でも、その中身について調べていくと
マニアックになっていくんですよね。

 以前ご紹介した「ブルー・リボン賞」の話でも触れましたが
タイタニックが就航した北大西洋航路は、まさしく当時の黄金航路、
国家の威信がかかった航路で、特にニューヨークと欧州を結ぶ航路は、
大幹線航路だったのですね。

1909年3月から3年をかけ、英、キューナード社に立ち向かうべく、
ホワイトスターライン社が世界最高かつ最大の豪華客船として、社運
をかけて送り出した船です。

 ホワイトスターライン社の社長は、あのイズメイ氏。映画にも出てきます。
 (そう・・・ボートで脱出して、後で非難されまくる人物です。実は映画にも、救助されたカルパチア号で、救助された乗客から強烈な冷たい怒りの眼に囲まれ、歩くシーンがあったのですが、カットされていて、
今回のDVDでも、そのシーンがカット集として掲載されています。)

 タイタニックという船はこのような船だったのです。
 
高さ 53m 全長 268m  総重量46,328t 
速度:23ノット(約43km/h) 製造費:約9億円
アイルランド ハーランド&ウルフ社製造
(アイルランドの1万5千人の人が作ったという台詞が映画にもある)
乗客数 約1300人 乗員数 約900人

 あの、1941年竣工の、戦艦大和と比較すると
全長 263m、最大幅38.9m 最大速力27.46ノットですから、軍艦と
単純に比較できないにしろ、1912年当時の船としては大きかったことがよくわかります。
 
 ちなみに、1930年竣工の横浜の氷川丸で、全長163.3m 船幅 20.1m 最高速力18.21ノットです。
 
さらに、余談ですが、大航海時代に出てくる最大の船 戦列艦「ビクトリー号」は、全長は71メートル、総トン数2162トン
 クリッパーとして有名な、カティサークで、全長86メートル 総トン数936トン
 (さ・・さらに。1520年・・初の世界一周のマゼランのビィクトリア号にいたっては・・全長25.9m!! 大航海時代・・よく、こんな小船で世界一周したもんです。)

 20世紀初頭、いかに、その黄金航路のために、巨大な客船を登場させたかわかると思います。

 さらに、もちろん不沈船ではなかったけれども、当時では、進んだ船に入ることは、造船者の報われなかった努力を考えると、触れておかなければならないと思います。
 
 また、横浜の氷川丸と同じく、三姉妹船だったことも意外と知られ
ていません。

 姉妹船の名前は、オリンピック号、ブリタニック号。
(タイタニック級に限らず、毎週定期的に航路に船を送り出すため、三姉妹で造ることが多かった)

 オリンピック号は、第一次世界大戦を生き延び、事故にもあいつつ
も最後は解体。ブリタニック号は戦争に徴用され、沈没しています。 

 今更 映画、タイタニックと言われる方も居られると思いますし、
ほとんどの方が一度はご覧になっていますよね。

 が・・しかし。海好き、船好き、映像好きの、のんきとしては、
ぜひ見たい映像があったんですよね。

 そう。メイキングです。

 この映画は、監督が、すごく考証に拘る人だというのは、メイキングを見ると、それがよくわかります。

 例えば、タイタニックは、エンジン出力56000馬力で、ブルーリボン
客船として有名な、ルシタニア級の72500馬力には劣るものの、最高速度より、経済性と大きさと豪華さを取った船であるのですが、このエンジンルームも映画で出てきますが、あれは特撮ではなく、当時のエンジンと同様のレシプロ機関の保存船で、実際に撮影を行っているようです。

 あの機関の力強い動き、そして、それをいかに特撮やCGと組み合わ
せて、造りだしたかは圧巻でした。
 
 タイタニック沈没の時、巨大なスクリューが持ち上がってくる有名
なシーンで出てくるように、タイタニックは、三軸推進の船だったのですが、蒸気ボイラーを左右レシプロ機関(映画でシャフトが動いているのがそれ)を動かしその残りを真ん中の舵の前にあるスクリューを、タービンエンジンで動かすという変わった構造となっていたようです。

 タービンは構造上、逆転運転できないので、氷山発見の時は、
左右のレシプロエンジンに直結するスクリューのみ逆転運転していた
りしていたので、映画でもそうなってたりしています。
 (実は逆転運転せず、高速運転の方が舵の効きはよかったはず、
また舵を切らず正面から衝突していたほうが、沈没は免れた可能性が
高いという説もあったりするのですが)

 よくそんなとこまで気がつくもんだと思いますが、エンジンシーン一つとっても、あの特撮にみえる各シーンの大半が実写ベースに特撮あるいはCGを組み合わせたものであることが、迫力を増しているのだとメイキングを見て、つくづく感心させられました。

 例えば室内セットと思うものが、精密な模型と実写との合成であっ
たり、本当に実物大の室内セットであったり。
 水があふれて扉が吹き飛びながら廊下を迫ってくるシーンが模型で、
次のシーンは実写の廊下だったり。

 船の走るシーンなどは、CGと実写との合成であるのは、ある程度わかると思うのですが、例えば一等ラウンジでローズが婦人達に囲まれて食事を取るシーンなどが、模型と実写の合成とは思わなかった。 

 のんきは、ラブストーリーと、デカプリオは、そっちのけで、映像の造り方を興味深く見てしまいました。
 また、タイタニックの当時の姿、もう一つのエンディングと、カット集、それを編集者として、何故カットしたのかもよくわかりました。

そして、今回 特に購入してよかったと思ったのは、DISC3にある
「タイタニック新たな航海」という作品がついていたのです。
 
 これは、監督がこの映画を作るにあたり、実際の海底に眠るタイタニックを危険を冒して撮影(片道2時間も海底までかかる)、当時の証言、歴史的な文書、写真、そして生存者の証言から、いかにこの映画を作ったか、いかに当時の事実に近い形で忠実に再現するか、そして、乗客だけでなく船員、そして無数の犠牲者へ迫ろうとする、気迫あふれる映像作品でした。

 また、当時の生存者の証言でもあった「本当に美しい船だった」と
いう、タイタニックの細部にわたる美しさへのこだわりと、今は沈黙
の海底に眠る鉄錆の塊となったタイタニックの悲しさと重さへ、いか
に迫るか・・・という姿勢が印象的でした。

 そして、当時の時代背景と、20世紀初頭の科学文明の傲慢さの象徴としてのタイタニック、当時の、そして、もしかしたら、今もまた芽生え初めているかもしれない、階級社会の冷徹なる姿、そして、映画企画当時は、まだ、生存しておられたタイタニックの最後の生存者の生の証言映像を織り交ぜて作った、これ自体、一つの映画と言えるんじゃないかという出来だと感じました。
 
 作品本体は改めてですが、これも、付録を超える見ごたえがあり
ました。

 改めて、作品本体も含め、興味深々で、今更ながらですが、ぶっ通しで、見てしまったのんきなのでした。

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【2006/01/14 00:28】   トラックバック(1) | コメント(2) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






蒼き波濤の向こうから | 映像と音楽の旅
蒼き波濤の向こうから

 のんきは船が大好きだ。それでこのゲームをやっている。
ちと、話題はここ2-3日ゲームから離れるがご容赦して聞いて
いただきたい。

 ニューシネマパラダイスをみて、今度は「男達の大和」を見に行こう
と思っているが、映画になるほど有名な大和の戦死者は約3000名近い無念の死が、記録されて、今後の世代に語り継がれていくことは意義が
あることだと思う。

 しかし、のんきは、この映画の予告編を見ると、同じ海に消えた忘れ去られ行く人たちのことを知った日の衝撃を思い起こしたくなる。
 
 男達の大和で、「1機の飛行機の護衛もなく、この作戦が成功すると
思うか」という台詞が予告編であったが、まだ大和には駆逐艦 軽巡洋艦が輪形陣を組んで、沖縄へ向かった。

 しかも彼らは軍人であったわけであり、その記憶は誰でも大和と
いう余りに有名な大和という船の名前と共に、記憶されている。

 しかし、同じころ、同じ海で、護衛どころか、全く丸裸のまま、
苦闘の中、名も無く波間に消えていった9万人の海の男達がいることを、ご存知だろうか・・・

 神奈川県 観音崎という風光明媚で、今は家族連れやカップルで
賑わう東京湾の入り口の岬がある。



「観音崎灯台より 浦賀水道を望む」

 岬の灯台に立つと、東京湾の交通を監視コントロールする
海上交通安全センターの目の前の浦賀水道航路を大型の貨物船が
ひっきりなしに、一列に整列して往来していくのがわかる。

 色とりどりの塗装を施した多種多様な船が彩りを競い、白いベールを引いて走る、夜になると宝石箱をちりばめたように赤や緑の航海灯を
つけて、24時間途絶えることなく船が走っていく。

鴎が鮮やかに白い舞を踊り、森の緑とやさしい波が、太平洋の
彼方への海路をいざなう日本の海の玄関である。

 ここの海はどこまでも蒼くそして、海風はとても静かな平和な時を
運んでくる。

 豊かな日本を支える大動脈が、今もここに確かに存在していることを
実感させられる場所だ。 

 だが、そんな美しい岬のその麓に、9万人もの名も無き船乗り達を慰霊する碑がある。

「戦没船員の碑」・・・



「戦没船員の碑」


 そこには、こう書かれている。

「安らかにねむれ わが友よ 波静かなれ とこしえに」 

 戦没船員・・彼らは、軍人ではない。
 
 先の大戦で、餓え苦しむ日本の家族達のために、1滴の油、1粒の米、1粒の物資を運ぶため、14歳から70近い無数の船員達・・・
まともな護衛も、まともな戦略もないまま、無防備に攻撃にさらされ、海に消えていった商船、漁船の船員を慰霊している場所なのだ。




 漁船や機帆船を除く商船だけでも802万トン 約3000隻

 彼らは徴用され、輸送船として、無防備のまま送り出され、
 ほとんどなすすべも無く、瞬時に消えていった。



 
 さらに、数人乗りの小型漁船や機帆船も哨戒船や、商船の激減
とともに、輸送船として徴用され、まさしく、一瞬で太平洋の藻屑
となっていった。



「太平洋航路の女王 龍田丸」16,975総トン
戦前の最大級の豪華客船。
1943年2月8日御蔵島近海で沈没。1500名 全員が帰らず。
 

 そして、その商船と共に、1発の弾を敵に撃つことなく、波間に
消えていった輸送中の軍人は30万を超えるといわれている。




 当時の政府の喪失見積もりは、もともと60万トン程度しか
見ていなかったといわれている。
 
 つまり、大和はじめ軍艦のことは考えても、商船のことは少しも
頭になかったと言っても過言ではない。

 これは、その時だけの異常な判断だったのか。

 しかし、それは、例えば箱物を造る時は大騒ぎするが、その
維持コストと労力を軽くみたり、攻撃や一時的な成績を重視し
防御や管理を軽視する日本人の気質などにその底辺は残って
いる気がする。
 
 大和は、確かに戦艦としては、超一級の戦艦だったが、所詮は
一品物であった。

 しかし、当時の日本には、そのような大型船が接岸できる岸壁さえ
ほとんどなく、輸送船は打ち捨てられ、超戦艦はほとんど動くことも
ままならなかった。
 
 そういう、経済と戦略の底の浅さが全てに波及していく。

 こういう戦訓を読むと、実は、一部のエリートや先端技術だけでは
軍事でも経済でも、絶対に勝てない事がよくわかる。
 
 最近 はやりの「勝ち組負け組」という薄い二極化した流れでは、
結局 勝ち組も勝てないことを歴史は物語っている。

「海上護衛戦」 学研M文庫 朝日ソノラマ文庫大井 篤 (著)
   
「太平洋戦争 日本の敗因〈1〉日米開戦 勝算なし」
 NHK研究班 角川書店 

 これは名著だと思う。機会があって、読むことがあれば一度
見ていただけると、そこに無数の海の男達の無念の涙と、
それを無謀に使いつぶした軍人と官僚の横暴に目を覆いたくなる。

 今も、9万人の報われること無く群青の海に消えた名も無き勇士の
ことは、映画になることもない。

 大航海時代というゲームでも、たまにPKが封鎖戦や通商破壊を
行うが、そもそも軍艦というものは、商船と民間保護のために
あったはずなのだが。
 
 そして、戦いの死命を決したのは、大和の沈没ではなく、
商船の喪失だったのである。
 
 観音崎に立つと、映画にならない名も無き忘れ去られた
勇者の無念が、海風にのって聞こえてきそうな気がする。



・・・「敵に会っても、そのなすがままに死なねばならない
ことは、軍人以上の精神力を必要とした」・・・
(日本郵船戦時戦史より)・・


 

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【2005/12/28 01:29】   トラックバック(0) | コメント(6) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






ニューシネマ・パラダイス | 映像と音楽の旅
ニューシネマ・パラダイス




 のんきが体調を壊してから、久しぶりに、映画を見ようという気に
なった。

 たまたま、昨日、テレビで、のんきの大好きにニューシネマ・パラ
ダイスが、映画館でやっていると聞いたのだ。

音楽も大好きなので、サウンドトラックまで買ってきてしまった。
わはは。

 ニューシネマ・パラダイス。のんきは趣味で、映像編集を下手な
がらやるのだが、それをやろうとしたきっかけになった映画。

アカデミー賞(1989年)第62回 アカデミー外国語映画賞
カンヌ映画祭(1989年)第42回 審査員特別賞
ゴールデングローブ賞(1989年)第47回 外国語映画賞
を総なめにした、有名な1989年のイタリア映画だ。

監督は、ジュゼッペ・トルナーレ このときわずか33歳の監督が
作った映画だ。しかし、この人の感性に、のんきは驚嘆する。

 もう20年近くなる映画だが、現在、一部映画館で、最新のデジタル
技術で、映像処理され、鮮やかによみがえって1月中旬まで
上映されている。

 DVDも出ているが、機会があれば ぜひ 映画館でみてほしい。

 なお、DVDには124分の公開版と、175分の完全版がある。

 この二つは、映画ファンに言わせると、また違う味わいがあるらしいのだが・・・。

 しかし、この映画は、映画館でこそ、映画と人生の移ろいのシンフォニーを感じることができると思う。

 映画館で今、上映されていることは、意外と知られていないと思う
ので、ここにURLを記しておこうと思う。
(直リンクはまずいと思うので、コピーして、各自見ていただけると
幸いです)
http://www.n-c-p.jp/ 
(公式ホームページが開かれています。)

 特に10代や20代のカップルでご覧になれば(うちの会長なんて最適)、
デートの株もあがろうというものだ。

もう20年近く前の映画だから、名前は聞いていても、映画館で
ご覧になっていない方も多いと思うし・・。
 幸せで暖かい気分になれる事と思う。

 ストーリーは、ネタばれになるので触りだけ・・・
 
 戦後、間もない貧しいシチリアの小さな村にある映画館・・
パラダイス座。

 そこは、小さな村の娯楽の全てだった。

 のんきも初めて知ったのだが、教会が運営している映画館がイタリア
にはたくさんあり、パラダイス座はそういう名も無き小さな映画館なのだ。

 そこで時を過ごしたサルヴァトーレ(トト少年)が、当時、慕っていた映写技師アルフレードの訃報を聞き、故郷に帰ってくる。

 そして、少年時代、青年時代の思い出に浸っていたサルヴァトーレが受け取ったアルフレードの形見には、映画への愛とアルフレードの想いがぎっしり詰まっていた……。そして、映画は始まる・・

 ストーリーもさることながら、シチリア島の人々の映画を見る豊かな
表情、時の流れの移ろい、そして、主人公トト少年の成長と、映像技師アルフレードとの悲しくもどこか暖かい心の通い合いが、エンニオ・モリコーネの音楽が、美しく織り込んでいく。

 この映画には、イタリア内部に抱える差別や、現実の厳しさと
それでも、銀幕に映りつづける名も無き俳優達のように、人々が
向き合って生き続けていく様も描いているのだ。

 小さな娯楽であった村の映画館が、そこを舞台に、無数の人々が
支え、熱狂し、愛し、別れ、そして旅立ち、時と人が無常に過ぎ去
っても、なお、映画は、カタカタと音をたてて、人の心に思い出と
手のひらのような温もりと、小さな涙を残してくれる。
 
この映画のすばらしいところは、時と人の変化の舞台の悲喜
こもごもを、映画という鏡に、人々は自らの心を映しつつ、
流れていく様を、愛らしい主人公トト少年の成長とアルフレードの
老いの悲しみの周りに、花畑のようにちりばめ、私達の日常もまた、
同じように流れている事に気がつかせてくれる。

 映像で伝えることは、簡単に見えて、難しく、そして、すばらしい
・・・そして、素晴らしい音楽と、名優と無数のスタッフがシンフォニーを奏でる時、人の心に何より暖かいものを残せるという名作とのんきは素直に思っている。

 映画館でのんきが、ぽろぽろと泣いていたのは秘密だ・・・。

「自分のすることを愛せ。子供の時、映写室を愛したように」
ニューシネマ・パラダイスより・・・  

-上映映画館-
東京 シネスイッチ銀座  03-3561-0707 12/23(金・祝)~1/20(金)
群馬 前橋テアトル    027-231-8000 1/21(土)~1/29(日)
大阪 梅田ガーデンシネマ 06-6440-5977 1/4(水)~1/13(金)
京都 京都シネマ     075-353-4723 1/14(土)~2/3(金)
福岡 KBCシネマ      092-751-4268 1/28(土)~2/10(金)
 

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【2005/12/27 01:01】   トラックバック(0) | コメント(3) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑






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